3日目行程表 ↓
エジプト航空(MS245)
  
アブシンベル神殿
  
エジプト航空(MS248)
  
アスワンハイダム
  
昼飯
  
イシス神殿
  
切りかけのオベリスク
  
ファルーカ
  
エレファンティネ
アイランド・リゾート
  
夜飯
  
4日目へ
-----切りかけのオベリスク-----------------------------------------
イシス神殿の次に向かったのは切りかけのオベリスク。
「切りかけのオベリスク」の他にも、「作りかけのオベリスク」とか、「未完のオベリスク」など、多数の呼び名が存在するが、つまりの所作っている途中で放棄されたオベリスクなのである。
でも、右写真のチケットに書かれている「The Unfinished Obelisk」を直訳するとやはり「未完のオベリスク」と呼ぶのが正しいのだろうか?とりあえず、細かい事は気にせず、ここでは切りかけのオベリスクと呼ぶ事にする。
まず、オベリスクとは何なのか?
おそらく日本人が一番思い浮かべやすいのはパリのコンコルド広場に建っている塔(記念碑)と説明するのが早いだろう。
切りかけのオベリスク入場券
切りかけのオベリスク
しかし、オベリスクとは古代エジプト文明時代に作られた、石でできた先の尖った石碑であり、パリにある物もルクソール神殿からフランス人が持ち帰ったものである。
そして、この切りかけのオベリスクはなぜ切りかけなのか?
それは製作途中に亀裂が入り、完成する事無く放棄されたから切りかけなのである。
もし完成していれば高さ41mと、現存するオベリスクで一番大きな物になったそうである。
「ヒビを入れちゃった人怒られただろうな・・・」
そんな訳で、ここは遺跡というよりも石切り場といった方がふさわしい所で、古代エジプト人達は、ここで切り出した石をルクソールや、
遠くギザのピラミッドまで運んだそうだ。
むき出した花崗岩の山を少し登った所にそれはあった。
わかりにくいが↑上写真の左下から右上にかけて直線に切られた石がそうである。
まるで、熱したナイフでバターを切ったように周りの石から削り取られている。しかも推定重量は1100トン超とか。いったい古代エジプト人達はどうやってこの巨大な石を高台から下ろし、遠くまで運んだのだろうか。オベリスクは謎に満ちた古代のロケットである。
切りかけのオベリスクよりさらに上に登ると、アスワンの街が見渡せた。時刻は16時半を過ぎており、相変わらず太陽は強烈だが気持ちいい風が吹いていた。今日の観光はこれで終わりである。
アスワンの街を望む高台

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